大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和36年(わ)5744号 決定

主文

本件申立を却下する。

理由

本件公訴棄却申立の要旨は、「本件起訴事実の内容は被告人が著したる原稿を文芸春秋という雑誌に掲載させて他人の名誉を毀損したというのであるが、本件起訴状にはその証拠と考えられる雑誌文芸春秋の記載内容の大部分を長々とそのまま引用していることがその記載自体より明らかであるから、刑事訴訟法第二五六条第六項の規定に違反し、同法第三三八条第四項により公訴棄却の裁判を求める」というのである。

よつて、右起訴状と右判断のため提出された雑誌文芸春秋昭和三六年一月号を比較検討するに、本件起訴状には、本件犯行方法として文書の記載内容を表示するのに、後に証拠として提出を予想される右雑誌文芸春秋の記載内容のうち、二九九頁より三〇二頁にわたり掲載された文章が一部省略された外殆どそのまま本件起訴状の二頁から一〇頁にわたり長々と引用されていることが認められる。

ところで一般に、起訴状には裁判官に事件につき予断を生ぜしめる虞のある書類その他の物を添付し、又はその内容を引用してはならないこと刑事訴訟法第二五六条第六項の明定するところであり、又起訴状には訴因を明示して公訴事実を記載し、訴因を明示するにはできるかぎり犯罪の方法を特定して記載しなければならないことも刑事訴訟法第二五六条第三項の規定するところであるから、起訴状における公訴事実の記載は具体的にしなければならないとともに、本件におけるがごとく、犯行方法としての文書の記載内容を表示するについては少しでも要約して摘記すべきである。

したがつて、本件のように、後に証拠として提出を予想せられる文書の記載内容中の大部分が起訴状に長々と引用されていることは、特段の事由がないかぎり、刑事訴訟法第二五六条第六項に違反し、起訴を無効ならしめるものと判断せられるべきものである。

しかしながら、本件においては右文芸春秋は昭和三六年一月号として一般に市販せられ、広く購読せられていたものであり、その記載内容はいわば公知の事実に属する事柄、又はこれに準ずるものであるといつても過言ではない。このように考えると、起訴状に、犯行方法として、このような文書の記載内容の大部分を殆どそのまま記載することは、犯行方法の具体的記載としてはその必要の度をこえ、不適当であるとの非難を免れないが、これによつて特に被告人の防禦に実質的な不利益を生ずる虞れもなく、右の特段の事由に該当するというべきであつて、刑訴第二五六条第六項に従い「裁判官に事件につき予断を生ぜしめる虞のある書類その他の物の内容を引用し」たものとして本件起訴を無効ならしめるものと解すべきではない。

よつて、本件公訴棄却申立は理由がないものと認め、主文のとおり決定する。

(裁判官 栄枝清一郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例